2021年

10月 中瀧先生

中瀧理仁先生 2021年10月

"一つ一つの視点は不確実性が含まれていますが、まとめると真実に近づけると思います。人体や精神を理解するためには、一度、最先端の研究に触れることをお勧めします。"

-先生が精神科を志したきっかけを教えて下さい。

小さい頃に知っているくらいの限られた仕事の中では医師が一番格好良いと思っていました。でも、中学高校と進むうちに物理、特に波の性質について興味を持つようになりました。音楽も好きだったので、工学部に進んで、音に関連する仕事に就こうかと考えていました。実学の方が好きだったのでしょうね。ところが、就職や家族や自分の適性を考えていたら、よく分からなくなったので、願書締切の直前でふと浮かんだ医師という選択肢を見直してみると案外良さそうだと思って、決断しました。若いときはものを知らないので決断も軽やかでした。
入学後、生物の基礎知識がないので、とても苦労しました。ありとあらゆるものや現象に名前がついているし、それを覚えないといけないのもつらかったです。めんどくさがりなので、統合的な法則にまとめてもらえないだろうかといつも考えていました。何とか進級していき、臨床実習に入ったときに目にした精神科の先生方の診察に心を奪われました。患者さんのお話は切実ですが、とらえどころがないものもあったり、理解しようとしてもできないものであったりします。そのようなときも精神科医が返す言葉で患者さんが納得したり、言いたいことを分かってくれたとほっとしていたりという様子を見ると、医師は知識以外にこのような対人の技術も必要なのだと感動しました。一生をかけても十分におつりが来るくらいの奥深さを感じて、自分の目指す医師像がおぼろげに見えて来ました。
同じマンションに住んでいた伊賀先生(現在は愛媛大学の准教授)が精神科に入ると聞いたのも、現実的に精神科を目指す一つの理由となりました。伊賀先生は一つ上の学年で、学生のときにとてもお世話になっていましたし、聡明さと明るさがあって、付いていけば間違いなさそうだと思わせてくれました。若いときは素直なので決断も軽やかでした。

-徳島大学精神科神経科のいいところはどんなところでしょうか。

ここまででお分かりになったと思いますが、私はいい加減で深い思考が苦手な人間です。でも、患者さんの苦しみが続くときに、どうにかしたいという気持ちは自分の足りないところに光をあててくれます。それが、少しずつ自分自身を良い方向に修正するための原動力になりました。そのような長い時間をかけた医師の成長や教育は近年プロフェッショナリズムという言葉で表されます。私がこの言葉を知ったのは医師になって大分経ってからですが、患者さんのために努力を続けるという徳島大学病院精神科神経科の伝統が自然とプロフェッショナリズムを育んでくれていたのではないかと思います。普段のカンファレンスでは担当医が診断の正しさ、背景や個性が病状に与える影響を踏まえた治療方針を議論しあいます。それ以外の色んな場面で患者さんの状況を相談し合いながら方針の微調整をしています。

-他科やコメディカルとの連携についてお願いします。

脳神経内科や脳外科との連携も積極的にして、正確な診断を目指しています。心理検査や知能検査も心理士が体制を整えてくれています。精神療法や作業療法などの伝統的な治療法に加えて、最新の薬物療法や刺激療法も導入しています。作業療法士や薬剤師、内科医、麻酔科医の協力の賜物です。精神科病棟では生活リズムの立て直しや食生活の修正が看護師や管理栄養士のお陰でできています。外来では社会福祉士や精神保健福祉士が普段の生活で困っていることに助言をしてくれています。緩和ケアチームやてんかんセンターや周産期検診との連携は他の診療科と協力して精神症状の緩和に役立っています。精神症状に苦しむ方の力になりたいという目標はシンプルかもしれませんが、継続すると、多くの方の協力を得ることができて、目の前の患者さんの改善を導いてくれていると思います。その中の一員として、ささやかながら貢献し続けることができるのは、とてもやりがいのある仕事だと思います。

-精神疾患には「診断が難しい」「治らない」というイメージがあります。

もちろん、診断を間違えることも、普段の治療法がうまく効果を表してくれないこともあります。そのような場合には、発表された論文に目を通して、どうにか工夫ができないかを探します。その先、誰も知らないことを見つけたいと願うなら、研究を始める道があります。精神科疾患は原因が分かっていないものが数多くあります。このため診断も治療にも不安定さは避けられません。医学的、生物学的な指標があれば診断や治療に役立つと考えて、徳島大学精神医学教室では研究を続けています。この20年間で大きく進歩したのは、遺伝子や生化学の分野で精神疾患を理解するということです。新しく就任した沼田教授が気分障害や統合失調症で成果を挙げています。私は脳画像を用いて、精神疾患を理解しようとしています。他にも生活の質(QOL)、神経心理、社会機能の研究を行い、精神疾患を様々な側面から明らかにしようとしています。臨床にもつながる能力が涵養できると思います。一度は深く研究してみることをお勧めします。

-先生は主に画像研究をされていますが、どんなことをされていますか?

精神は脳から生じているというのは確実と思いますが、脳で何が起こっているのかを調べる方法はまだ限られています。私はMRIを用いた研究をしています。MRIには様々な活用法があり、その一つにMRSという方法があります。MRSを用いると脳内の物質濃度が測定できるので、統合失調症や双極性障害の患者で測定をしました。患者さんと対照群とを比較すると統計的には違いが出るのですが、はっきりと分けられるような数値の違いはまだ見いだせていません。
最近は別のMRIの方法であるfMRIも用いています。これは脳血流を測定できるので、安静時の脳活動パターンを調べています。統合失調症患者さんと対照群では、サリエンスネットワークという島皮質と前部帯状回を中心とする神経回路に一部違いがありました。この脳活動の違いが抑うつ症状を悪化させて、QOLを低下させているのではないかと考えています。実際の診断や治療には直接は結びついていませんが、統合失調症患者さんの治療の最終目標であるQOL向上のための一つの指針を提供できたと思います。
医学生と一緒に近赤外線を用いた脳血流測定も行っています。頭の表面に置いた近赤外線レーザーの拡散光を測定して血流変化を計算します。音、文字、写真などを提示したときに生じる感情や社会認知を脳血流で知ろうとしています。これは、まだ成果は出ていませんが、今後、発展させていきたいと思っています。

-研究していてよかったことはどんなことでしょうか?

精神科医を志した臨床実習のあのときに比べて、はるかに多くの視点を持てるようになりました。目で見える範囲、会話をして分かる範囲、診断の仮説を置いて分かる範囲に加えて、脳機能ネットワークの障害という視点を持つことができました。一つ一つの視点は不確実性が含まれていますが、まとめると真実に近づけると思います。人体や精神を理解するためには、一度、最先端の研究に触れることをお勧めします。
後輩の邪魔にならないように、指導していきたいと思っていますので、興味のある方はいつでも声をかけてください。